お子さんの歯が生え始める時期――それはご家族にとって、本当にうれしい瞬間です。
「もう歯が生えたね」「何を食べさせようかな」と、毎日の食事がますます楽しくなる時期でもあります。
けれど同時に、離乳食やお口の発達について悩まれる親御さんも多いのではないでしょうか。
「まだ歯が少ないのに固いものをあげてもいいの?」
「柔らかいものの方が食べやすいから、その方がいいのでは?」
「噛む練習っていつからすればいいの?」
こうした疑問の裏には、「子どもの将来のために正しいことをしてあげたい」というご両親の想いがあります。
実は、一歳前後の食事の与え方や噛む力の育て方は、お子さんの歯並び・虫歯のなりやすさ・顎の発達など、将来のお口の健康を大きく左右します。
今日は、歯科医の立場から「離乳食期に大切にしてほしいこと」「噛む力を育てる意味」、そして「親子でできる咀嚼(そしゃく)習慣」について、少し深くお話ししてみたいと思います。
一歳までの食事が「一生の噛む力」をつくる
赤ちゃんが最初に出会う「食べ物」は、お口の成長を大きく左右します。
母乳やミルクだけの時期から、徐々に離乳食へと移行していくこの期間は、「飲み込む」「舌で押しつぶす」「噛む」という動きを少しずつ学んでいく、とても重要なステップです。
まだ歯が生えていない頃は、舌と唇を使って食べ物を飲み込む練習をします。
そして歯が生え始める6〜8か月ごろからは、歯ぐきで食べ物をつぶす動きが加わります。
この「歯ぐきで噛む」経験が、顎や頬の筋肉を育て、次に生えてくる歯のためのスペースを作っていくのです。
ところが、近年は便利なベビーフードや「とろとろの柔らかい離乳食」が主流になり、形のあるものを噛む機会が少なくなっているお子さんが増えています。
柔らかいものばかりを長期間与え続けてしまうと、顎や舌の筋肉が十分に発達せず、「噛む力」が育たないまま成長してしまうことがあります。
その結果、
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顎が小さくなり、歯がきれいに並ばない
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飲み込みがうまくできず、丸呑みのクセがつく
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食事の際に口を開けて食べる(クチャクチャ食べ)
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将来的に口呼吸になりやすく、虫歯・歯周病のリスクが上がる
など、さまざまなトラブルにつながることがあります。
ですから、歯が生え始めたら、少しずつ“形のあるもの”を与えていくことがとても大切なのです。

「形のある離乳食」は、顎と歯を育てるトレーニング
離乳食が進むにつれて、食材の形や固さを少しずつ変えていく段階を「モグモグ期」「カミカミ期」「パクパク期」と呼びます。
それぞれの段階で重要なのは、噛む感覚を体で覚えさせてあげることです。
例えば、
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モグモグ期(7〜8か月):歯ぐきでつぶせる柔らかさ(豆腐・バナナ・かぼちゃなど)
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カミカミ期(9〜11か月):歯ぐきで噛めるくらいの固さ(柔らかく煮た野菜・さつまいも・しらすなど)
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パクパク期(12〜18か月):前歯や奥歯で噛めるくらい(肉団子・ゆで野菜・ごはんなど)
というように、少しずつステップアップしていくのが理想です。
この「噛む刺激」が顎の骨を強くし、歯の生える位置を安定させていきます。
逆に、噛む力が弱いままだと、顎の骨が十分に発達せず、歯が並びきらない・出っ歯や受け口になりやすい・口が開いたままになるなどの問題を引き起こすこともあります。
つまり、「噛むこと」は歯のためだけでなく、顔全体の発達や呼吸の仕方、姿勢、発音にも深く関わっているのです。
よく噛むことは、虫歯予防にも効果的
噛むことには、もうひとつ大切な役割があります。
それは、虫歯になりにくいお口の環境をつくることです。
しっかり噛むと、唾液がたくさん出ます。
唾液には、食べかすを洗い流したり、酸性に傾いたお口の中を中和して虫歯を防いだりする「天然のうがい薬」のような働きがあります。
さらに、唾液の中にはカルシウムやリン酸が含まれており、初期虫歯を自然に修復してくれる「再石灰化」の効果もあります。
つまり、よく噛む=唾液が出る=虫歯予防になるというわけです。
柔らかいものばかり食べていると、唾液の分泌量が少なく、食べかすが残りやすくなります。
また、噛まないことで満腹感が得にくくなり、ダラダラ食べる習慣がつきやすくなります。
これも虫歯の原因のひとつ。
「よく噛むこと」は、単に顎を強くするだけでなく、虫歯になりにくい生活リズムを作るという意味でもとても大切です。
子どもが大きくなったら「ガム」で噛む習慣をサポート
子どもがガムを噛む時期について(一般的な目安)
「ガムを噛ませてもいいのはいつ頃からですか?」という質問は、保護者の方からよくいただきます。
ガムは「噛む練習」や「顎の発達」に良い面もありますが、開始の時期や注意点を理解しておくことが大切です。
🕐 ガムを噛み始めてよい目安
一般的には、
👉 5〜6歳ごろ(乳歯がしっかり生え揃い、永久歯が生え始める前後)
が一つの目安になります。
この頃になると、
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飲み込む力や噛む力が十分に発達している
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「ガムは飲み込まない」というルールを理解できる
といった条件が整ってきます。
🍬 早すぎるガムは危険
3〜4歳頃では、まだ咀嚼や嚥下のコントロールが未熟なため、
誤って飲み込んだり、窒息の危険があるので避けた方が安心です。
特に、小さい子にとってはガムも「お菓子」として飲み込みやすい形状です。
🦴 ガムを噛むメリット
適切な年齢で正しく噛めば、次のような良い効果があります。
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顎の筋肉をバランスよく鍛える
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唾液分泌を増やし、むし歯を予防する
- 歯の再石灰化を促す
- 集中力を高める
といった効果も期待できます。
特に、キシリトール入りのガムはむし歯予防にも有効です。
また、ガムを噛むと自然に鼻呼吸が促されるため、口呼吸の予防にもなります。
口呼吸は、口腔内が乾燥して虫歯菌やウイルスが繁殖しやすくなる原因のひとつです。
つまり、「ガムを噛むこと」は、楽しくできる健康習慣のひとつなのです。
⚠️ 与える際の注意点
ただし、与えるタイミングと種類には注意が必要です。
小さなお子さんには、必ず保護者の目の届くところで、誤って飲み込まないように見守ってあげましょう。
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「飲み込まない」「噛んだ後は必ず捨てる」などルールを徹底する
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食後など、保護者が見守れるタイミングで与える
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長時間の咀嚼や、常に噛み続ける習慣は避ける(顎の負担)
🏥 当院からのアドバイス
当院では、お子さんの咀嚼力や発達の段階を確認しながら、
5〜6歳以降で、ルールを守れるようになったら少しずつをおすすめしています。
心配な場合は、歯科で一度「噛む力」や「顎の成長バランス」をチェックしましょう。
「よく噛むこと」は、親の健康にも関係しています
お子さんの噛む力を育てるときに、ぜひご両親にも意識してほしいのが、「大人も一緒に噛む習慣を持つこと」です。
実は、よく噛むことはアンチエイジングにもつながります。
しっかり噛むと、顔の筋肉(咬筋や表情筋)が刺激され、ほうれい線やたるみの予防になります。
また、噛むことで血流が良くなり、脳の活性化にもつながることが研究で明らかになっています。
「よく噛む人は若々しい」と言われるのは、単なる比喩ではなく、実際に医学的な根拠があるのです。
さらに、噛むことで満腹中枢が刺激され、食べ過ぎを防ぎ、体重コントロールにも効果的。
糖の吸収スピードがゆるやかになるため、血糖値の急上昇も抑えることができます。
これは、生活習慣病の予防にもつながる大切なポイントです。
つまり、「よく噛むこと」は、親子の健康を守る共通の習慣なのです。
家族みんなで「噛む生活」を育てよう
お子さんが食事のときにしっかり噛めるようになるためには、家庭での環境づくりも大切です。
食卓を囲む時間を大切にし、親御さんが「しっかり噛んで食べる姿」を見せてあげてください。
子どもは親の姿を見て学びます。
「早く食べなさい」ではなく、「ゆっくりよく噛もうね」と声をかけてあげることで、自然と噛む意識が育ちます。
また、食材の形や調理法を工夫して、噛みごたえのあるメニューを取り入れるのも良い方法です。
例えば、
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よく噛む必要がある根菜類(にんじん・れんこん・ごぼう)
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弾力のある鶏肉や魚
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おにぎりやサンドイッチなど手で持てる食事
などを取り入れると、食事が楽しくなります。
そして、食後には「歯みがきタイム」を親子で一緒に行いましょう。
「噛むこと」と「ケアすること」はセットで習慣にするのが理想です。

最後に 〜噛む力が未来をつくる〜
離乳食から始まる「噛む力の育て方」は、歯科医の視点から見ると、単なる食事指導ではなく、一生の健康づくりの第一歩です。
柔らかいものを与えることは悪いことではありません。
しかし、「いつまでも柔らかいまま」は、お子さんの成長の機会を奪ってしまうことがあります。
歯が生えたら形のある食べ物を少しずつ与え、「噛む喜び」を感じさせてあげましょう。
その積み重ねが、強い顎・美しい歯並び・健康な体を育てていきます。
そして、親御さん自身も一緒に「よく噛む生活」を意識してみてください。
噛むことは、若さと健康を守る最も手軽で確実なアンチエイジング法です。
お子さんの未来の笑顔を守るために――。
今日から、家族みんなで「よく噛む」ことを楽しむ時間をはじめてみませんか?

