はじめに
こんにちは。歯科オーラルクリニックエクラ院長の小出です。
毎日、家事にお仕事に、そして子育てにと奮闘されているお母様方、本当にお疲れ様です。 日々の診療の中で、お母様方からよくこんなお悩みをご相談いただきます。
「先生、うちの子、いつもボーッとしていて…」 「宿題を始めても、すぐに集中力が切れちゃうんです」 「何度言っても、テレビを見ている時に口がポカンと開いてしまって…」
もしかすると、今このブログを読んでいるお母様も、お子様の「落ち着きのなさ」や「集中力のなさ」、そして「お口ポカン」について、なんとなく気になってはいませんか?
「だらしないから口を閉じなさい!」 「もっと集中して勉強しなさい!」
そう叱ってしまう気持ち、痛いほどよくわかります。しかし、もしそれが、お子様の「やる気」の問題ではなく、「お口の機能」の問題だとしたらどうでしょうか?
実は、歯科医療の最前線では今、「お口の開き」と「脳の働き」について、非常に注目すべき研究結果が報告されています。
今回は、最新の研究データを紐解きながら、なぜ「お口ポカン」が子供たちの可能性を狭めてしまうのか、そして、私たち親ができる「根本的な解決策(MFTや小児矯正)」とは何なのか。 歯科医師の視点から、少し詳しく、そして深くお話ししたいと思います。
大切なお子様の「脳」と「未来」を守るために、ぜひ最後までお付き合いください。

第1章:最新研究が証明した「口が開く=脳が疲れている」という事実
まずは、非常に興味深い最新の研究をご紹介しましょう。
2024年から2025年にかけて話題となっている、新潟医療福祉大学(江玉睦明教授ら)の研究グループによる報告です。この研究は、激しい運動をした時の「脳の疲労」と「口の開き」の関係を科学的に分析したものです。
これまで私たちは、マラソン選手がゴール直前に口を大きく開けて走る姿を見て、「息が苦しいから酸素をたくさん取り込もうとしているんだな(呼吸性要因)」と思っていました。もちろん、それも間違いではありません。
しかし、この研究で明らかになったのは、もっと深いメカニズムでした。
「脳が疲労(中枢性疲労)すると、無意識に口が開いてしまう」
という事実が、客観的なデータとして示されたのです。
脳からの指令が弱まると、顎が下がる
少し専門的な話をすると、私たちの口を閉じさせているのは「咀嚼筋(そしゃくきん)」などの筋肉です。これらの筋肉は、脳からの指令を受けて「口を閉じる」という仕事をしています。 しかし、運動などで脳が強いストレスや疲労を感じると、脳のパフォーマンスが低下します(これを中枢性疲労と呼びます)。すると、筋肉への指令がうまく伝わらなくなり、顎を支える力が緩んで、ガクッと口が開いてしまうのです。
つまり、「口が開いている状態」は、「脳が疲れ果て、集中力が低下しているサイン」である可能性が非常に高いのです。

第2章:子供たちの日常で起きている「脳疲労」のサイン
この研究結果を、お子様の日常生活に当てはめてみましょう。
お子様がテレビを見ている時、ゲームをしている時、あるいは学校の宿題をしている時。ふと横顔を見ると、口が半開きになっていませんか?
「運動もしていないのに、なぜ?」と思われるかもしれません。 しかし、子供たちの脳は、日々の学習や情報の処理で常にフル回転しています。姿勢が悪かったり、呼吸が浅かったりすることで、脳への酸素供給が不十分になり、「座っているだけなのに脳が疲労している」という状態が起きているのです。
「お口ポカン」の子供の脳内で起きていること
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酸素不足の悪循環 口呼吸(お口ポカン)は、鼻呼吸に比べて酸素の取り込み効率が悪いと言われています。また、口呼吸は呼吸が浅く速くなりがちです。脳は体の中で最も酸素を消費する臓器ですから、酸素不足はダイレクトに「集中力の低下」「眠気」「イライラ」に繋がります。
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脳のクールダウンができない 鼻の奥には、脳の熱を冷ます「ラジエーター」のような機能があります。鼻呼吸をすることで、脳の温度を適切に保ち、オーバーヒートを防いでいるのです。しかし、口呼吸ではこの機能が働きません。常に脳が「のぼせた状態」になり、ボーッとしやすくなります。
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覚醒スイッチが入らない 口を閉じて噛み締める動作は、脳への血流を増やし、覚醒レベルを上げるスイッチの役割を果たします。常にお口が開いている子は、このスイッチがOFFの状態。つまり、「やる気を出そうにも、脳のエンジンがかからない」状態なのです。
「うちの子、勉強してもすぐに集中が切れちゃう」 「何度言っても話を聞いていない」
これは、お子様の性格のせいではなく、「お口が開いているせいで、脳が本来のパフォーマンスを発揮できていない」だけなのかもしれません。
第3章:放っておくと怖い?「お口ポカン」が招く未来のリスク
「大人になれば自然に治るでしょ?」 そう楽観視されるお母様もいらっしゃいますが、残念ながら、お口ポカン(口唇閉鎖不全症)は、自然治癒することは稀です。むしろ、成長とともに様々なトラブルの「元凶」となってしまうリスクがあります。
1. 歯並びと顔立ちへの悪影響
ここが歯科医として最も警鐘を鳴らしたいポイントです。 私たちの歯並びは、「舌の力(内側からの圧力)」と「唇・頬の力(外側からの圧力)」のバランスによって作られています。 口を閉じている時、舌は上顎(うわあご)の天井にピタリと吸い付いています。この舌の力が、上顎を広げ、綺麗なアーチを作ります。
しかし、お口ポカンのお子様は、舌がダラリと下がっています(低位舌)。 すると、上顎を広げる力が働かないため、顎が狭く発育し、歯が生えるスペースが足りなくなります。
その結果、ガタガタの歯並び(叢生)や出っ歯(上顎前突)になってしまうのです。 さらに、口元が常に開いていることで、顔全体の筋肉が締まりをなくし、「アデノイド顔貌」と呼ばれる独特の顔つき(面長で、顎が小さく、のっぺりとした顔立ち)になってしまうリスクもあります。
2. 全身の健康と免疫力の低下
鼻は、優秀な「空気清浄機」です。空気中のウイルスや花粉、埃をフィルターで除去し、加湿・加温して肺に送ります。 一方、口呼吸は「直通トンネル」。冷たく乾いた、汚れた空気が直接喉や肺に入り込みます。 その結果、扁桃腺が腫れやすくなり、風邪やインフルエンザにかかりやすくなります。アレルギー性鼻炎や喘息のリスクも高まると言われています。
3. 運動能力への影響
スポーツの世界でも、「歯を食いしばれるか」「鼻で呼吸できるか」はパフォーマンスを左右します。体幹の安定には、顎の位置と噛み合わせが深く関わっています。お口ポカンで顎が安定しない子は、瞬発力やバランス感覚で不利になることがあるのです。

第4章:根本解決への道!「MFT(口腔筋機能療法)」とは?
では、どうすれば「お口ポカン」を治し、お子様の脳と体を守ることができるのでしょうか? 「口を閉じなさい!」と注意し続けることでしょうか? いいえ、それは根本的な解決にはなりません。
なぜなら、お口ポカンのお子様は、「口を閉じるための筋肉が育っていない」、あるいは「正しい舌の位置を忘れてしまっている」からです。筋力がないのに「重い荷物を持ちなさい」と言っているようなものです。
そこで必要になるのが、MFT(Oral Myofunctional Therapy:口腔筋機能療法)です。
MFTってなにをするの?
簡単に言えば、「お口周りのパーソナルトレーニング」です。 お口の周りの筋肉(口輪筋)や、舌の筋肉、飲み込むための筋肉を、専用のエクササイズを通して鍛え直します。
例えば…
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スポット:舌の正しい位置(定位置)を覚えるトレーニング
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ポッピング:舌全体を上顎に吸い上げて「ポン!」と音を鳴らす、舌の筋トレ
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ボタントレーニング:唇の閉じる力を鍛えるトレーニング
これらを、遊び感覚を取り入れながら楽しく行います。 MFTを行うことで、以下のような変化が期待できます。
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無意識でも口が閉じられるようになる(鼻呼吸の定着)
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舌が正しい位置に収まり、気道が広がる
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食事の時にクチャクチャ音を立てなくなる
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飲み込み方が正しくなり、誤嚥を防ぐ
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顔の筋肉が引き締まり、表情がキリッとする
そして何より、「鼻呼吸が定着することで、脳への酸素供給が安定し、集中力が向上する」という効果が期待できるのです。

第5章:歯並びも呼吸も整える「小児矯正(マイオブレースなど)」
「歯並びも気になるし、お口ポカンも治したい」 そんなお母様に、当院が強くおすすめしているのが、「マイオブレース(Myobrace®)」をはじめとする、機能的マウスピース矯正です。
従来の矯正治療(ワイヤー矯正など)は、「歯に力をかけて無理やり並べる」治療でした。 しかし、マイオブレース治療のアプローチは全く異なります。
「歯並びが悪くなった原因(口呼吸・舌の癖・飲み込み方の癖)を取り除く」
ことに主眼を置いています。
マイオブレース治療の3つの特徴
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日中1時間と就寝時のマウスピース着用 取り外し可能なマウスピースを、寝ている間と、日中の起きている時間(1時間程度)だけ装着します。学校にしていく必要はありません。このマウスピースが、舌を正しい位置に誘導し、口呼吸を防ぐガイドの役割を果たします。
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アクティビティ(MFT)との併用 ただマウスピースを入れるだけでなく、先ほどご紹介したMFT(お口のトレーニング)を毎日数分間行います。これにより、「正しい呼吸」と「正しい飲み込み」を脳と体に覚え込ませます。
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「後戻り」が少ない 歯を強制的に動かすのではなく、顎の成長を妨げている悪い癖を取り除き、お子様自身の「成長する力」を引き出して歯並びを整えます。そのため、治療後に元のガタガタに戻ってしまう「後戻り」のリスクが少ないのが特徴です。
「勉強ができる子」の口元は閉じている
マイオブレース治療を通して、お口が閉じられるようになったお子様のお母様からは、こんな喜びの声をよくいただきます。
「以前より風邪をひかなくなりました」 「姿勢が良くなって、長時間座っていられるようになりました」 「顔つきがハッキリして、自分に自信がついたみたいです」
歯並びを治すことは、単に見た目を良くすることだけではありません。 脳の発育環境を整え、お子様の本来持っている能力(ポテンシャル)を最大限に引き出すこと。それが、現代の小児矯正(育成矯正)の本当の目的なのです。

第6章:ご家庭で今日からできる「お口の育脳」チェック
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。 最後に、ご家庭で今日から意識できるポイントをいくつかご紹介します。
【お口ポカン チェックリスト】 一つでも当てはまれば、専門家への相談をおすすめします。
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[ ] テレビや動画を見ている時、口が開いている
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[ ] 唇が乾燥してカサカサしている(特に冬場)
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[ ] 朝起きた時、口臭がする、または喉が渇いている
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[ ] いびきをかく、または寝ている時に歯ぎしりをする
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[ ] 食べ物を食べる時、音を立てる(クチャクチャ食べ)
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[ ] 受け口、または出っ歯気味である
【お母様ができるサポート】
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「足の裏」を床につける 食事や勉強の際、足がブラブラしていませんか?足の裏がしっかり床についていないと、姿勢が悪くなり、顎の位置が安定せず、口が開きやすくなります。足台を置くなどして調整しましょう。
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よく噛む食事 柔らかいものばかり食べていると、口周りの筋肉が育ちません。根菜類や大きめに切った食材など、噛みごたえのあるメニューを取り入れましょう。「一口30回」の噛むゲームもおすすめです。
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「お口チャック」の声かけ 叱るのではなく、合言葉のように。「お鼻で息できてるかな?」と優しく促してあげてください。
おわりに:お子様の「一生モノ」の財産を
勉強道具を揃えたり、塾に通わせたりすることも、もちろん大切です。 ですが、すべての活動の土台となる「脳」と「呼吸」の機能を整えてあげることは、親御さんがお子様に贈ることができる、何よりも価値のある「一生モノの財産」ではないでしょうか。
新潟医療福祉大学の研究が示した通り、「口の開き」は「脳のSOS」です。 そのサインを見逃さず、適切な時期に、適切な介入をしてあげること。 それが、お子様の健やかな成長と、輝く未来につながります。
「もしかして、うちの子も?」 そう思われたら、まずはお気軽に当院にご相談ください。 MFTやマイオブレース治療の経験豊富なスタッフが、お子様のお口の状態を優しくチェックいたします。
お子様の「閉じたお口」と「真剣な眼差し」が見られる日を、私たちと一緒に目指しましょう。
